宮本百合子

 私がアメリカにおりましたのは僅か一年半ばかしのことで、別にたいした感想もありません。が、向うへ行く前までは家庭にばかりいて、本当の世間というものを直接に余り見たことのない私には、それがたとい短かい一年半にしてもこの「世間を見て来た」という点に於いてよいことであったように思われます。そして、以前とは多少、物の見方や考え方なども自分ながら変って来ていることにも気付きますが、併し、そんなことを長々と申しましたところで、それは私自身のことで、この雑誌の読者の方にはわかり悪くもありましょうし、また興味もありますまいかと思われます。そこで、内的な私自身のことをお話するよりも、もっと一般的な意味で、私の見て来た彼方の同人雑誌のことをほんの少しだけ申してみましょう。
 彼方でもやはり日本と同じように、『文章倶楽部』のような雑誌もありますし、また『奇蹟』とか『異象』とかいうような同人雑誌も沢山あります。併し、その根本になっている心持なり態度なりが此方のものとは大変に異っているように見えます。それは一面たしかに国民性から出ているものです。

 さきごろ中野重治が二つの短いアレゴリーを『改造』へ書いた。
 自分はよんでいないけれども、彼は先に「根」という、やっぱりアレゴリーの成功した作品を書いたそうだ。
 というと、つまり、『改造』に発表された方のはアンマリ成功していないということになる。作者の主観的な、古風な言葉でいえばある述懐というようなものは理解できる。が、作品は註つきでよませる物ではないから、あの二つは、いおうとすることを、はっきりした形で読者の心へ打ちこまないという点で失敗だった。特に「菊の花」の方は、主題のつかみかたがプロレタリア的な立場で見れば敗北主義くさいという、理論上の欠点ももっていた。
 だが、あれをよんで、自分は興味をもって二つのことを感じた。一つは、中野君の作品を批評する場合、みんなの合言葉みたいになってつかわれる「詩人」という言葉の内容についてだ。他の一つは、プロレタリア・アレゴリーというものは、難しいもんだな、アレゴリーと諷刺とは、プロレタリア文学の形式として、どっちが広汎な、階級的役立ちに利用され得るだろうか、ということである。

 宗達の絵の趣などは、知っている人には知られすぎていることだろうが、私はつい先頃源氏物語図屏風というものの絵はがきに縮写されているのを見て、美しさに深いよろこびを感じた。
 宗達は能登の人、こまかい伝記はつまびらかでないが寛永年間に加賀侯に仕え、光琳によって大成された装飾的な画風を創めた画家である。と辞典に短かく書かれてある。
 なるほど、小さい絵はがきに見るこの源氏物語図屏風にしろ、魅力をもって先ず私たちをとらえるのは、大胆な裡にいかにもふっくり優しさのこもった動きで展開されている独特な構図の諧調である。
 後年光琳の流れのなかで定式のようになった松の翠の笠のような形に重ねられる手法、画面の中央を悠々とうねり流れている厚い白い水の曲折、鮮やかな緑青で、全く様式化されながらどっしりと、とどこおるもののない量感で据えられた山の姿、それらは、宗達の絵の世界にあらわれて、まだちっとも使い古されていない珍らしさ、瑞々しさで活きている。
 大変親愛なのは、宗達がそのように背景をなす自然を様式化して扱いながら、その前に集散し行動している人々の群や牛などを、いかにも生気にみちた写生をもとにしているところである。